4 パレルゴンとエルゴン
この章には何が書かれているか
日本語とロジック
表現力のある文章とは、一般的に明快な論理構造を持ちながらも、議論がダイナミックに進展していくなかで、著者の主張がはっきりと読み取れる文章
こうした文章は日本語には少ない
それは日本語という言語そのものに問題があるのではなく、日本語の言語表現において使用されるディスコースの質にある 日本語のエクリチュールにはロゴスを表面に出すディスコースが希薄
言語とコード
構造主義や記号論では、コミュニケーションが成立しているのはコードを共有しているから、とされる
テキストの背後に書き手の言いたいことがあり、読み手はテキストを解読(デコード)して言いたいことを読み取る
マイケル.l・ジョンソン『精神、言語、マシーン』
同じ言葉が同じ意味を伝えるという同一性が人間本来のコミュニケーションの姿である、というのは勘違いと指摘
テキストの読解はディスクールによって成立するが、ただ一つのディスコースがテキストを完全に支配することはない
構造主義、記号論的な観点ではすべてがコードの問題になり、ディスコースは無視される
脱構築的な視点では、むしろディスコースに注目する
その上で、ジョンソンは、そうした考え方を作文の技術として導入しようとしている
文章の真意が相手に伝わる保証はない→これを前提として文章を書く戦略を工夫する
ロゴス中心的なディスコースでは表現不可能なことを「伝達する」という逆説的なアプローチ
F・R・リーヴィスはジョン・ダンを評価し、ミルトンを批判した
それを受けてイーグルトンは、ミルトンの詩は音と文字の緊張した関係があると評価し返した
rashita.iconロゴス中心的なディスコースではこうした緊張は起こりえない
ベンヤミンの理解
ドイツ悲劇のエクリチュールは「発声されることによって超越性を獲得するものではなく、文字言語の世界は自足している」
表現力のあるワープロ
現在の日本語には、形式の美的判断に基づく規定のディスコースの支配がない
日本語のテキストのためには、日本語のためのエクリチュール理論が必要
西洋では乗り越えられようとしている近代的な努力が必要
論理的なディスコースの育成
脱構築が批判した「整然としたディスコース」をまず持たなくては日本語としてのエクリチュールを確立できないところは、中心が空虚だと指摘される日本の文化の仕組みと似てなくもない
なぜデリダは「整然としたディスコース」を脱構築しようとしたのか
カントによる美
整然と枠組みが構成されたディスコースの形式
そうしたディスコースには形而上的普遍性はない
というのが、ロゴス中心主義への批判
パレルゴンは装飾的なもので、プラトンにおいては副次的な扱い
文字の装飾など(日本語ワープロの表現力)
パレルゴンの強調は、ロゴス中心主義への挑戦と言える
デリダはパレルゴンを肯定している
外部から内部の作業に結びつく
現実のテキストはエルゴンとしての論理的なディスコースとパレルゴンとしての補遺が混在した複雑な存在としてのエクリチュール
だからこそ、テキストハエルゴンを求めるディスコースを使用しているにもかかわらずその構造を裏切るようなエクリチュールの働きを受けこの弁証法の中で人々の間で通常受け入れられているディスコースをでは表現不可能なことを「伝達」することができる、ということが起こりうる
デリダによれば、パレルゴンは内部だけでなく外部からも分離する厚みを持っている
日本語ワープロは、論理的ディスコースを回避している(そもそも問題に直面していない)
そこに問題があることを直視しなければ、脱構築を試みることもできない
脱構築は確かに手法だが、それを使用することで、自分の存在をも脅かす、有効かつ危険なものなのである。
ライティング・エンジン
ライティング・エンジンは、混沌とした人間の思考を整ったディスコースのテキストへと変換する
英語の文章読本では、ライティングを「伝達」のプロダクトではなく、思考のプロセスだと理解されていることが多い
ジャスバー・ニール『プラトン、デリダ、そしてエクリチュール』
タイプライター的思考、つまり言いたいことが先にあり、それに合わせて断片を組み合わせるようなものはあまり人気がない
各作業と思考のメカニズムには直接的な関係があるという観点が文章術のようなプラグマズティックな世界では採用されている
プロセスを重視する文章本
形而上学的な記述を嫌う
複雑で特異な現象を探る
既成のものの見方やディスコースを疑う
以上の特徴は、ブルジョワ・リベラリズムや脱構築の技法と類似している
ブルジョワ・リベラリズム
ジョン・ベイリー
イーグルトンは『批評の政治学』でジョン・ベイリーのブルジョワ・リベラリズム的なアプローチを評価している
ブルジョワ・リベラリズムは、「不可侵の私的空間」「激しい倫理的責任」「個人主義的な自立性」によって、形而上学的・超越的なものを否定する
rashita.icon「個」が重要であるならば、集団や神といったものに個人が支配されることは望まれないだろう
そのようにしてアングロ・サクソン系のよい趣味の文章ができあがる
カント流の整然とした美しい文章とは少し異なるもの
「俗悪なる論理的議論からの避難場所であり、そこでは紳士淑女や意見をさりげなく着こなせる」
ライオネル・トリリング
アメリカで、ブルジョワ・リベラリズム的な思想を展開した
イギリスのそれが形而上学的な体系から目を背けてテキストの戯れを求めたのに対して、プラトンに遡る形而上学的な体系を新たに構築しようとした
最近のアメリカの脱構築の受容
テキストの戯れ→ディスコースの無根拠性、歴史的拘束からの逃走の称賛などを高く評価している
その無責任さをイーグルトンは批判した
なぜなら、ディスコースこそが権力の場であり「歴史的諸力によって組織され、制限され、分節化され、歴史的諸力によって掘り起こされた意味論的な場である」から
rashita.icon以下少し難しい
ギリシャ哲学をその正統性が成立した歴史的契機を無視して普遍的存在として評価したり、脱構築をディスコースの歴史性の破棄の道具として使うアメリカの文芸批評は、歴史をあるいは形而上学的が成立する超越的な契機を語る物語を否定する新たな観念の装置を作り出してきたとイーグルトンは述べる。
歴史または形而上学的が成立する超越的な契機を語る物語を否定する新しい観念の装置を、アメリカのブルジョワ・リベラリズムや脱構築の担い手(ポスト構造主義者)生みだしてきた、ということ。
何が問題なのか
現実に権力を持っているディスコースの存在を無視して、テキストの戯れを楽しむことはしても、すでにある支配的なディスコースへの抵抗は行われない
意味の構築の歴史性を否定しながらも、支配的なディスコースの存在を認めて、さらにそれを欲してすらいる
いずれの立場にしても、ブルジョワ・リベラリズムを支配するディスコースは、テキストを通して「実在していた何かを再び現前させる」思考のシステムを、自分の思考の対称として直接に選ぶことを避けている
ミメーシスは、プラトンの概念で「実存していた何かを再び現前させる装置」のこと。
その概念をデリダは『散種』で批判した
rashita.iconちなみに、ミメーシスは模倣のこと
一種の論理の機会で、すべての命題を有し、ありうる常套句のすべてを演算できる
こうした装置は人工知能がついたライティング・エンジンのようであるが、「ディスコースに含まれる全ての命題と命題の原型を、論理にしたがってプログラミングすることはそう難しくないと著者
アウトライン・プロセッサー(アウトライナー)について
IBM「シンクタンク」Mac用の「MORE」、セマンティック社の「グランド・ビュー」など
文章を論理的に書くためのガイドラインとなるアウトラインを構成する作業をコンピュータ化したもの
文章作法でも「分かりやすい文章を書くためにはアウトラインを作るところから」と言われる
実際、アウトラインを作るとディスコースの構造が一目瞭然になる
文章を書くこと以外にも役立つ
スケジュール、手順の検討、マーケティング戦略、法律文書
官僚的組織の運営に必須な手順たち
物事を細部に分け、
それより大きなカテゴリーにそって分類し
論理的な議論が効率的に展開できるように並べ(そうして並べられたものがアウトライン)
それを文書化する
官僚的組織の形式とアウトラインを正確に設定した文章の形式は同じなので、共にアウトライナーが役立つ
そうしたアウトライナーは、特別な人だけが持っていた操作の技術を分かりやすい手順に分解して一つの装置としたミメーシスだと言える
ロゴス中心主義の権化のような装置
しかし、ライティングをプロセスとして捉える観点から利用が広がった、というところで次の章へ
他の人に共有したい情報や疑問などがあれば以下に書いてくださいrashita.icon
まとめを書きましたrashita.icon
TsutomuZ.icon
ミメーシスが『人を賢くする技術』5章とつながったことに知的興奮を覚えました。
しかし、この章におけるミメーシスは『人を賢くする技術』より消極的に使われていると感じました。
模倣=型=官僚組織
rashita.icon似たような概念を起点としていても、どのように切り取るのかで扱い方が替わる、という人文的な面白さではありますね。
泡沫.icon
シニフィエとシニフィアンなど、記号論(特にソシュールでしょうか?)の用語が出てきていて、出来れば記号論も多少心得ておきたいのですが、何か入門書にあたるものなど、ご存じの方いますか?
rashita.icon
僕が読んだことがあるものだと、
の二冊です。あまりたくさん読んでいないので、これらがお勧めかどうかは判然としません。
あと、ソシュールは以下の二冊。
構造主義入門、的な本を読むとだいたい冒頭あたりでソシュールの言語学が解説されているものも多いですね。
泡沫.icon 教えて頂き、また概要もまとめてくださりありがとうございます。それらを足がかりとしてまずは読んでみたいと思います!
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